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スローライフ 南小谷炉辺閑談 

元旦も落ちついて平常の生活に戻ろうとしている10日、長野南小谷の知人宅でこの上ない時間をすごすことが出来ました。囲炉裏のある民家で、その家の主人が贅を尽くした湯船に浸って、普段飲めない酒を少しいただいたほろ酔いで、丸橋忠弥じゃないけれど「こいつぁー春から縁起がいいワイ」の気分でした。姫川の雪景色を目のあたりにして、持参した矢田挿雲」「江戸から東京へ」(中公文庫’75)2-5の浅草・本所を読了。いつ読んでも新しくて面白い。どこからでも読み進めるからちょうど良い。以前読み飛ばしたエピソードに時間の移ろいを忘れる贅沢さ。そういえば、矢田挿雲は、その晩年私と同じ市川に住んでいたことまで思い出し、あの膨大な江戸東京の資料は、今どうしたのかとどうでもいいことを思ったり、ひと時の満たされた幸福を味わいました。
 
 人里はなれた自然の静寂の中では人間誰しも抱く感慨ですが、悠揚と流れる時間が無用なようでいて、とても密度の濃い一期一会の時間に思え、年の始めに抱く、わが身の来し方行く末をしみじみと考えるのでした。
 人類は高度な文明を発達させ、その巨大なエネルギーと犠牲を人類に強いた結果、消滅していった歴史を持っています。
マヤのマチュピチュやインダスのハラッパ、エジプト、どの文明も歴史の必然の中に消えていった。古代の賢者たちは人類の未来を諦観し、文明とは切り離された自然の悠々たる営みの中に、人間を返すことを選択してきたのではないのか、その結果いくつかの文明がなぞのように消えていったのではないかと思うのです。
現代のわれわれの暮らし方が、このままの消費文明を続けた場合、地球はあと150年も持たないと云われていますが、われわれ自身にとっても、また未来の人類にとっても、今の社会的なスピードをいったん緩めておく必要があるように思います。
どうも書き出しのイメージと締めの内容がワープする文章になるなぁ。

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「ある明治人の記録 会津人柴 五郎の遺書」を読んで

いささか厄介な案件で市谷の弁護士事務所へ。
私のような何の背景を持たないフリープロデューサーの仕事は、人間の質を見分け、選りすぐることがもっとも大切で、仕事の上で何より重要なことで、その第六感を誤ると、思わぬ打撃を受け企画が狂い、無に帰してしまうことになります。いま自分の心血を注いだ企みが、大きく狂う瀬戸際にあり、そのことで弁護士さんとの時間を持ったわけ。
そんな問題を抱えながら、この正月に読んだ飛び切りの一冊を紹介します。
「ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書」石光真人編著(中公新書 252)。」
 昨年、会津若松を訪れた際、歴史の間で理不尽な扱いを受けてきた会津の歴史を改めて知り、駅の本屋で「愚直に生きる 幕末列伝・敗者の美学」早乙女貢著(集英社刊04)「会津落城 戊辰戦争最大の悲劇」星亮一著(中公新書05)を買い求め、帰りの新幹線の中で一気に読み、深い感銘を受けた余韻の醒めないうちに、自宅の書庫の整理の際、「裏切り 戊辰、新潟港陥落す」中島欣也著(恒文社92)、「魚沼の明治維新」磯部定冶著(恒文社91)とあわせ上記の会津関連書を見つけ出した。
 柴(しば)五郎翁は会津上級節の五男として生まれ、一族に多くの犠牲者を出している。落城後、俘虜として江戸に収容、後に下北半島の火山灰地に移封され、悲惨な飢餓生活を続けた。薩長藩閥政治が威信を飾り立てた歴史からまったく抹殺された暗黒の一節を書き留めている。
後年陸軍大将、軍事参議官になり昭和20年、87歳で没。血涙のにじんだ長いこと封印されてきたこの遺文を、編著者の石光真人氏が筆写し、構成された一級の会津秘史。読後、上等な感動をいただけます。
学生時代司馬遼太郎の「峠」を読んで以降、戊辰戦争の真実にふれ深く感動した。
正月「白虎隊」のドラマをやっていたようだが、このような資料が生かされたのだろうか。



横綱朝青龍優勝オメデトウ

 初場所は横綱朝青龍の優勝で終わった。当然過ぎる結果ではあるが、26歳の年齢を考えると、歴代一位の大鵬の32回優勝を破ること間違いなさそうだ。貴乃花は最後は怪我で泣いたが、朝青龍は怪我の心配も今のところ全くなし。
 あのにらみつける目つきの鋭さが、モンゴル人という差別的な見方とあいまって人気がいまいちであったが、ここまで強いとただひたすら頷くしかあるまい。私はファンです。見事な充実振りで、この横綱を超える力士は当座考えられない。
 栃若、柏鵬、輪湖といつの時代にも同じくらいの実力力士がいるものだが、朝青龍には見当たらないのも彼の優勝回数を考える場合、有利なのかもしれない。(ライバルがいないということは長期的には不幸なことだが)
 それにしても、朝青龍の相撲にかかる懸賞の多さはどういうことなのか。いつも独り占めで給料を超える稼ぎだろう。拍鵬時代に24本だか数えたことがあるが、それを雄に超える数だ。
朝青龍を脅かす日本人力士よ、早く出でよ。
それにしても魁皇の横綱土俵入りは、さずがに無理でしょうね。、

もったいない

朝起きて朝刊を開くと、ばさっと広告の束がおちた。何気なく見るとパチンコ屋の新装開店、スーパーの安売り、分譲マンションなどの案内である。新聞の折り込み広告の量は、最近とみに多くなった気がする。テレビやインターネットなど現代では強力な宣伝手法が多い中、新聞での広告効果はどのくらい訴求できるのだろうか。私など一通り新聞を読むと、古紙回収の束にすぐまとめることにしている。我が家では折り込みの紙類はほとんど見たことがないが、女房は重宝しているのだろうか。いささかもったいなくはないのか。
もったいないといえば、街を歩いて気になる無料誌の多さ。R25などの就職誌やらクーポンつきの地域誌の類だが、あれものすごい資源の無駄使いなのではないか。ちょいと読んですぐ捨てるあれである。昔NTTのタウンページが日本の紙の使用量の1%にあたると聞いたことがあるが、確かに家にあってもほとんど使わないもので、最近はどうなのだろうか。資源の無駄使いという観点でいうと最近気になるものだ。
それと常々気になっている無駄使いのひとつに、パン屋でのパン一つ一つをいれる透明の袋。他のパンに味が移るということでいつの頃からかそうなったのだろうが、私はパンを買うときにいちいち袋に小分けしなくても良いといって買っている。マニアルでなれた売り子の女の子などキョトンとしているが、どうせすぐ食べてしまうもの、石油資源の無駄と常々思っていたひとつなのでこの機会に書いてしまった。
われわれの想像をはるかに超えるスピードで地球が痛めつけられている様子を、米元副大統領ゴアさんがさかんに啓蒙している。
われわれが死んだあとの2050年には、海面が6メートルも上がるというが、にわかに信じられないとはいうものの、われわれ自身の生活をみんなが根本から見直さねばならない。

箱根駅伝で惨敗す

 正月といえば箱根駅伝をザッピングしながら観る。私の正月番組唯一の楽しみです。
 我が母校中央大学は箱根駅伝で最多優勝14回(?)。今年は往路14位、復路3位、総合8位でした。
毎回優勝候補の一角と喧伝されて今年はエースの上野選手が3年となって、1年の時の失敗を取り返す走りを期待していたのですが、凸凹があって全体としては残念な結果でした。
とはいえ、後輩の頑張りには、ただただ感動。
白いユニホームに赤い襷はいつ見ても、さわやかで大いに結構。
それにしても5区の順大の今井君は本当にすごい。あんな急な上り坂を
平地を走るように軽快に走り抜けるとは。
 
 番組の合間に入る昔の記録映像を見ても、今の駅伝は格段にスピード化されていて、どの大学の記録も我々の学生時代の優勝タイムに匹敵するのではないのか。
 いやはや20キロを60分で走るなんて、考えただけでも恐ろしい。
走りのスピード感は、私など併走100メートル出来るかどうか。
 長距離のチーム競技の駆け引きに、ちょっと抜いたのちょっと遅れたのは野暮の骨頂。
せいぜい沿道で母校の旗を振るくらいしか出来ませんが、来年は優勝を目指して勇気ある走りを見せてください。

初春

オッパイポロリ
正月から昔の話をして恐縮ですが、近年の正月は大晦日の単なる翌日に過ぎない気がして、年が明けて本当に目出度いのかどうか疑ってしまうこの頃です。年の初めの凛とした気の引き締まる厳粛な静寂さがなく、歩いている人の顔に何とはなしに晴れ晴れ感がうかがえるだけで、街の表情にも正月独特の行事も見られません。
昨年暮の紅白で、オッパイを見せるような不祥事があったとか。
下品になったものです。
私はこの三十年来紅白は見たことないのですが、やはり紅白歌合戦は日本の国民的行事であり、これを見ながら家族団らんというのがごく普通の日本人の定番であり、そこにオッパイを見せる演出というのはいささかどんなものかと思うわけです。担当のディレクターがOKしていたとは到底思えないし、リハーサルをすませたあと、一発本番で受けを狙ったタレント側の行為だとすれば、いかにも迂闊で浅はかな行いといわねばなりません。
奇をてらったり、仲間内だけで盛り上がったりは、本当の大人の芸人がやれば、りっぱなスラップスティック芸にもなるのでしょうが、最近の若手タレントばかりのバラエティ番組では、不快な想いばかりで目を覆いたくなるようなものがあります。
男だか女だかわからないようなタレントや、お笑い芸人といわれる芸NO人などを含め、上は政治家から下はちょいギャルまで楽屋受けの学芸会のような番組の数々に、ただただ呆れるばかりで、なにをか況やと苦々しく見ている人々も多いはずです。
視聴率だけ取れれば良いとしている社会の公器も、ここまで堕落すると社会全体に与える悪影響が大きすぎます。民放には視聴料を払っていないので、金を出していないから文句をいう筋合いではないとはいえ、NHK含めた各局の現在のありようは、大いに問題ではないでしょうか。
番組をつくる制作側もプライドと多少の見識を持たなければ、一般国民から馬鹿にされ、見放されるばかりだということを是非してもらいたいと思います。。
衣食足りて志なし。この国はどうなってしまうのか妙に憂国の正月でした。
それにしても、正月に聴いた落語「三方一両損」の大工の熊さんのように、
「どうかして棟梁になりたくねえ、金を残すような目にあいたくねえ、どうか出世するような災難にあいたくねえと思えばこそ、毎朝、金毘羅様へお灯明あげて‥‥」
カネにならぬことに一所懸命やるのは贅沢なことですね。