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目利きがいなくなった

 最近体調不良が続き、制作人生35年の垢を落とすように医者に薦められて、女房と二人で旅を楽しむ機会が持った。九月月初に越中富山の風の盆、新潟村上から秋田玉川温泉から盛岡、伊豆長岡、小田原、富士山へと日帰りの小旅行を数に入れても二ヶ月ほどの間に6回の癒しの時間を過した。

 ディレクターやプロデューサーなる職種の大本は、姿かたちの見えない何も無いところから企画を立ち上げるのが仕事で、とりわけ私が奉職していたレコード会社の学芸部は稼ぎ頭のタレントもの以外のところで、何がしかの企画をたちあげていくという地味な部門で、とはいえ企画なら何でも良いというわけでもなく、ある一定程度の売り上げノルマを達成しなければいけない。そういう地味な部門には、制作費も宣伝費も潤沢にあるはずも無く、初期の私が関わった「ひらけポンキッキ」の一連のヒット曲は、プレイヤーをいれてスタジオを借りても信じられないくらいの安い制作費だった。おおよそ、制作費の無い仕事では、自分の人脈や労力や時間を出し惜しみすることなく、集中力をフル回転させて物を生み出さなければならない。その唯一の拠りどころはというと、自分の感性を信じるしかなく、偏屈にして意固地な人間が、この職種には数多いわけだ。数十年前コロムビアの「演歌の龍」といわれたは馬渕玄三ディレクターなどは、用のあるときにしか会社に顔を出さず、社会の底辺でうごめいている人々の動静を探って飲み屋や女のところで打ち合わせをしていたという伝説を持つ。
もちろん今のような管理社会では、比較的自由のきく製作部門とはいえ、こんな社員はお目にかかれないが、そういう怪しげな一群が、一歩誤ると、キックバックだの何だのと、先年のNHKディレクター何某のような輩が出てくる羽目になる。
  自分の企画をじっくりと育て、社会に企画の良し悪しを問うタイプの人間は、あまりお目にかかれない。
およそ目利きといわれる見識ある人たちが制作の現場からすっかり居なくなってしまった。

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