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「三丁目の夕日」を観て

「三丁目の夕日」を見て

過日、何気なくテレビをつけたら、昨年(?)話題になった映画「三丁目の夕日」をやっていたので、ついつい見てしまった。私にとっても懐かしいの昭和という時代風景と町並みを最近のCG技術で再現したということで話題になった映画ということは知っている。映画賞を総なめしたとか訊く。描かれている昭和30年代という時代は、今のような閉鎖的でギスギスとした社会ではなく、貧しくても活力に満ち溢れ、誰もが他人を思いやっていた。勤勉な日本人が豊かさを求め、ただただ働いていたパワフルで時代。東京タワー(昭和34年)が、燦然と辺りの町を睥睨しているのを見ると、港区辺りの下町の風景なのかしら。昭和三十年に小学校、三十六年中学、三十九年高校入学という、多感な時期を昭和三十年代とともに歩んできた私にとって、ノスタルジックな想いとともに、このような映画が多くの人々に受ける下地が、今の社会にあるのは何とも切ない想いがした。
何故、そんな印象を受けたのかとつらつら考えるに、あまりにも当たり前の、人々の温もりとか地域の繋がりが映画に描かれていて、そのようなものがうらやましくさえ感じるイマの世の中になんとも得体の知れない違和感を感じているからだと気がついた。
最新の映像技術で東京の下町の情景を再現して見せているのだが、あれこそが豊かな社会なのだと感じて観るお客さんがどのくらいいるのだろうか。
「衣食足りて志のない」今の世の中を皮相的に見てしまう性(さが)は時代のなせる業か。最後に気に留めた一文を紹介して終わります。

写真家・林忠彦さんの言葉から

六十を過ぎたら自分の今までやってきたことを伝えるというか、分けてあげるというか、次に伸びようとする人の栄養分になってゆく。六十五になったらもう自分のためにではなく、全部世のため人のために尽くすことが結局は自分のためにもなってくる。まだ自分だけのものをおっているようじゃダメですよ。自分の欲望だけにこだわっていては社会人として失格だね。

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